御岳山の狛犬のなぞ

オオカミの護符

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 この本のことを、FM横浜のアナウンサーが選んだ本を紹介するコーナーで知ることになりました。2年前に東京都の青梅市に位置する御岳山へ出かけた時に御岳山頂上にある神社の狛犬が普通のではなく、精悍なオオカミのようだということに気がついたことがこの本に反応したきっかけです。こういうのが出合いというのでしょうか。

 この本の作者小倉美恵子さんは、今の川崎市宮前区土橋というところで育った人です。彼女が、小学生だった頃は、都心から30分という地の利から、田園都市線沿線が住宅地として急速に開発されつつあり、静かな田舎だった土橋にも都会的な家が建ち始めます。自分の家が萱葺きの家であること、牛小屋や物置のあるお百姓の家であることを恥ずかしいと思っていたそうで、わざわざ知られないように遠回りし、友達に分からないように帰ったという体験があり、早くこの家から出たいと思っていたそうです。

 大人になって、仕事で外国へ行くことも多かったようで、外国ではその地域の伝統的な行事や芸能や暮らしをとても大切にしていることを知るにつけ、改めて自分の育った土橋を見つめていこくことになったようです。そのきっかけになったのが、土蔵に張ってあった一枚の「オオカミの護符」だったのです。

 仕事の休みを利用し、1人で家庭用のビデオカメラを持って、お百姓をやっていた古老に昔の話を聞いたり、伝統行事を記録したりしていました。5年経った頃、友人で映画を撮るカメラマンであった由井さんや他の人が応援してくれるようになり、この「オオカミの護符」という映画を作る事ができたそうです。(映画が先にできて、その後この本を出版しました。) 

 このお札を祖父母たちは、「オイヌさま」と呼び、土蔵や台所にはり、盗難や火災から守ってくれると信じて貼っていたものであることが分かりました。村には、御岳講というのがあり、御岳山とのつながりが分かってきます。 

 御岳山で取材をしているうちに、元は山伏として修行していたと考えられる「御師」(オシ)と呼ばれる人たちが、多摩川の下流にも出かけ祈祷をし、お札を配って布教して歩いたそうで、山に住む「御師」たちは、その代わりに何がしかの農産物をいただくような関係だったそうです。御岳講のほかにも大山講、富士講、三峰講があるそうですが、「御師」がお参りの世話や宿泊の世話をするところは、他には残っていないようです。

 御岳山の神事の中で、山に向かって深い祈りをささげる場面があります。それは、このオイヌさま信仰をとく鍵でもありました。

 調べていくうちに、このオイヌさま信仰は、秩父、甲信、などの関東平野を取り囲む山地に広がりをもっていること、今は絶滅してしまった日本オオカミがそのオイヌさまだっただろうということ、また、このオオカミ信仰に似たことがモンゴルにもあったことも分かります。

 この過程をひも解いていく一つ一つの取材の様子は、謎解きにも近く、引き込まれるように一気に読むことができました。

 昔のお百姓や山仕事をしていた人たちが日々何を大切に思って暮らしていたか、オイヌさまが今を生きる私たちに何を訴えようとしているのかがあぶりだされてきます。

 「講」のことは何となく聞いていたが・・・・・という人や、私のように御岳山の精悍なオイヌさまは何なのか・・・など疑問に思われたことがある人は、ご一読されることをお勧めします。奥深い世界が立ち上がってきます。 

 もう一度、御岳山に登って改めてこのオイヌさまと対面しようという気持ちにさせてくれました。