「菖蒲」

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 先日ジャック&ベティで観た映画の話。

 ポーランドを代表する監督アンジェイ・ワイダと女優クリスティナ・ヤンダが主演する映画です。

 この映画は、原作がヤロスワフ・イヴァシュキェヴィチの作品を映画化したものだそうです。(私は、「白樺の林」も「ヴィルコの娘たち」も映画は観ているものの、原作は読んでいません。)

 この話は、3部構成。ワイダの盟友でもある撮影監督だったエドヴァルト・クウォシンスキが(クリスティナ・ヤンダの伴侶でもあった)撮影の途中で亡くなった直後の痛切な思いを語るクリスティナの独白部分と、実際の撮影のロケの場面とこの話の映像が交錯しながら進んでいく難しい映画です。

 ポーランドの美しい田園が舞台。この田舎の町の医者である夫と妻のマルタは、二人の息子をワルシャワ蜂起で失ってしまってから、超えることができない溝を抱えてしまっている。

 ある日、夫はマルタの顔色が悪く、やせたことに気づき、診察をすると余命がいくばくもない重病にかかっていることに気づくが、心を痛めながらもそれを妻に告白はしない。

 マルタは、息子を死なせてしまったことに悔いを持ち、生きていることが恥ずかしいともらす。子ども部屋は、使用人にも入らせないように鍵をかけて開かずの間として子どもが生きていたときと同じように保存している。

 マルタは、この街の社交場になっている大河のそばのカフェでお茶を飲んでいる時に、トランプに興じている若者の一人に心をときめかす。若者は、まぶしいような若い肉体と感性を放っている。

 若者には、ガールフレンドもいるのだが、ある日口を聞くようになってから、マルタが家に本を借りに来て本を読むように薦めたり、河で一緒に泳ごうなどと誘ったりする。

 春も終わり、翌日が夏の到来を知らせる聖霊降誕祭だという日、二人は、約束をして河で会う。そして若者に、聖霊降誕祭に使う菖蒲を採ってほしいと話す。若者は、菖蒲を取り、岸まで届けるのだが、マルタがこれだけで十分だというのも聞かず。もう一度採りに泳いでいくのだが何があったのか水面から姿が見えなくなり、帰らぬ人となる。

 あんなに純真でまぶしい若さが一瞬で死へと変わってしまう。とでも言いたげなシーンである。

 歴史と悔恨、失われた青春は、ワイダの永遠のテーマでもあるのだが、この映画でも大河のある美しい田園を背景に、みずみずしい映像でこのテーマに迫っています。

 ポーランドは、ロシアにも踏みにじられ、ナチのドイツにもひどい目にあっている。その歴史には目をつぶりたくなるが、その歴史から目をそらさず、ワイダは自らのライフワークとして映画を作り続けていることに尊敬の念を禁じえません。今彼は86歳だそうです。