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「パレードへようこそ」 「妻への家路」

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 5月ですね。

 先日映画を観に行くので、日の出町駅を下りて

いつものように大岡川の橋を渡りました。

 両岸の桜が葉桜になり、屋台もそぞろ歩く人もいなくなったかわりに

鯉のぼりたちが泳いでいます。

 右手のさくら桟橋には、カヌーの練習をする人たちがオレンジの救命胴着を着て

準備体操の最中。

 雲間から青空、微風、穏やかな休日です。

 

 映画館に着くと、案の定チケットを買い求める列ができていました。

 休日、しかもレディースデーであることを忘れてました。

 見た映画は、イギリス映画「パレードへようこそ」と 中国映画「妻への家路」。

 1984年、不況下のイギリス。

 鉄の女と言われていたサッチャー首相が

国内の20余りの炭鉱の閉鎖案を打ち出し、

各地の炭鉱では、抗議のストライキが続いているときのことだ。

 テレビでそのニュースを見ていたあるゲイの青年が、

突然、炭鉱夫への募金活動を思いつく。

 その日は、折しもロンドンでは、ゲイとレズの人たちが

集まって、権利を訴えるパレードの日だった。

 

 今から30年くらい前のことなので、

同性愛に対する市民権はなく、差別もひどかった時代、

炭鉱組合の代表に電話をかけてもゲイであることを知ると、

募金すら受け付けてもらえなかった。

 

 ところが、ウェールズのある炭鉱の組合事務所へ電話をすると、

ひょんなことから募金を受け取りたいとの返事。

 その炭鉱の代表がロンドンへ現れ、交流が始まる。

 

 映画の最後がどんな感動を用意しているかで、

その映画の印象はほぼ決まってくると思っているが、

この映画のラストの映像とテロップで

字が読めなくなってしまうほど 涙がどっとあふれてしまった。

 

 この映画、実際の話を下敷きにして作られた映画である。

 しばらく忘れていた連帯という言葉が

熱く心に響いてくる映画だ。

 

 

  もう、1本は、チャン・イーモウ監督と

女優コン・リーの組み合わせが気になって観た映画だ。

 こっちが本命だったのだが、パレードも素晴らしく

この日は、当たりの一日だった。

 

 もう、20年くらい前、初めて観た「紅いコーリャン」。

 すごく衝撃的な映画で、中国映画を見るきっかけになった。

 

 1977年、文化大革命の終焉とともに、

20年ぶりに妻の元へと帰ってきた夫は、

妻の記憶の中に自分がないことを知る。

 

 あまりに心労が重なり、

待ち過ぎたための症状だろうと診断される。

 

 夫の帰りを待ち続けている妻に

思い出してもらえるように

いろんなことを試みるが、妻は夫を認識できない。

 

 むろん、同じ家に住むことは叶わない。

 他人として妻にしてやれるさまざまなことを

してやりながら何年も過ごしていく。

 

 ささいな日常を描くだけなのだが、

 涙が枯れる暇がない。

 そんな中で、日常の些細なことがとても大事なことだと気づかされもする。

 

 この映画のラストは、象徴的な画面で終わる。

 そばにいてやりたいという気持ちだけで、

自分を認知しない人のそばに

着かず離れず、何年もいられるものだろうか。

 私は、そんなことを考えながら、ラストの映像を迎えた。

 

 文化大革命は、もう過去のことだが、

まだ映画にすることができない部分があるという。

 この映画の中でも、断片的な言葉のはしばしや描き方に

近現代の歴史を描く難しさを知ることになった。

 

*「妻への家路」は、「パレードへようこそ」は、8日までJack& Bettyで上映中。