宮沢賢治のふるさと花巻市2(旅の続き)

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 翌日の朝、予約をしていた乗合タクシーに乗るために、通りのバス停まで登ってきました。このバス停には、賢治の愛用していたコートと帽子がかかっています。

 花巻旅行を計画した時にこの日もあまり長いくいられないことがわかって、土地勘もないので、この乗合タクシーを使うことに決めて予約をしていたのです。

 どんぐり号は午前中コース(3000円)、やまねこ号は一日コース(5500円)の名前です。私が乗るのは午前中のどんぐり号。

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 9時過ぎ、どんぐり号という名前のタクシーが来るのかと思ったら、やってきたのは「カンパネルラ」号で車体には銀河のお星さまが描かれていました。どんぐりは半日コースの名前でタクシーの名前は別なんだそうです。先客がお一人、山を下ったほかの温泉旅館からもうお一人乗ってこられ、駅から乗られた方は、先に「高村光太郎記念館」で下ろしてきているので、今回の乗車数は9人乗りなのに4人だけでした。

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 一番目の観光は、「高村光太郎記念館」です。宮沢賢治の方が早くなくなったので年上かと思いましたが、光太郎の方が年上でした。賢治が光太郎のアトリエを訪ねるなど接点はあったようです。この地は、光太郎にとっての最愛の人智恵子を失くしてから一人で暮らしたところでもあったのです。

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 記念館から少し歩いたところに実際に住んでいた住居跡があります。右手に裏山が迫り、林が続いていました。クマが出没するので山には近づかないようにとの注意書きもありました。住居を取り囲む建物に覆われていて、その建物の中でそっと覗くようになっています。

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 中に入ってみました。ここは、書斎兼居間、土間は台所。本当に質素な暮らしです。

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 外に出ると井戸がありました。

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 後から建てた来訪者のために作ったトイレです。

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 後から覆った建物は、先住の木を切らずにそのままの姿をとどめてありました。光太郎が建てた時には、きっと小さな木だったのでしょう。

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 住居の前の畑です。今はサルビアの赤い花が目立ちますが、ここで光太郎は自分で野菜を作り、近くの農家の人からも米や野菜を分けてもらいながら生きていたようです。この辺り今は、高原のような土地で花巻の穀倉地帯ではないかと思われます。

 次に訪ねたのは、母ちゃんハウス「だあすこ」というJAの農産物販売所です。農産物のほか惣菜類やお弁当、お土産物などもあり、隣には食堂も併設されています。

「だあすこ」という意味がわからなかったので、運転手さんにお聞きすると、花巻の鹿踊りに使う太鼓の音色から来ているのではないかということでした。「だーだーだーだーだーすこ だーだー」と太鼓の音で踊り手の気持ちが一つになるのと同じように、生産者と消費者の気持ちが1つになることを願って名づけられたそうです。なかなかいい名前です。鹿踊りも一度見てみたいものだと思いました。

 ここでその晩泊まる宿では食事が出ないことがわかっていたので、夜のお弁当と翌朝の朝食になるものを購入したいと思っていたのです。こういう店は、その地域にしかないものがあってみるだけでも楽しいものです。今回は、去年長野の上田市で購入した「ポポー」を見つけたので購入しました。

 街の中心部を抜けて車窓からですが、賢治の生家やハクチョウの停車場を見て「宮沢賢治記念館」へ向かいました。

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 ここには、賢治の心象世界、作品世界、フィールドが映像も含めて詳しく展示されています。猫に迎えられてちょっと楽しい気分になりますが、ここは近くにある童話村とは違って賢治のことを深く知ろうとする人にとっては有意義な場所ですが、お話の世界観を見てとるには、少々難しいところでした。

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 記念館のある場所は、胡四王山の上にあり北西に北上川も見え眺めがいいです。

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 南斜面に「ポランの広場」という庭があり、賢治が設計した図面を使って作った花壇や日時計があります。かなり疲れていたので上から見るだけにしようかと思いましたが、せっかく来たのだからと気を取り直し下りて行きました。

 花壇にはパンジーが植えられているところもありましたが、花の端境期でこの日時計には何も植えられていませんでした。ここで賢治は花壇のデザインもやっていたことを知りました。煉瓦をただ並べるのではなく、斜めに倒しているところが目を引きました。日時計が12時過ぎを射しています。

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 上に上がると「山猫軒」という食堂があります。入口にはやっぱり猫がいて出迎えてくれました。タクシーは、記念館から新花巻駅まで乗せて解散なんですが、私はここで下りてフリーになりました。食事をして一休みです。

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 何を食べようか迷った末、冷麺にしました。なんで岩手は冷麺が有名なんでしょうね。

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 胡四王山から東北方面を見た風景です。早池峰山岩手山が見えます。

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 山猫軒からすぐ外に階段がありました。上ってくる時は、タクシーに運んでもらったので大した傾斜だとも思いませんでしたが、ここから下をのぞくと登り口がとても小さく見えるのでびっくりです。370段くらい段がありました。

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 靴擦れがあるのに道をまちがえて人の3倍くらい歩いてようやくたどり着いた新花巻駅です。やはり知らない土地は方向感覚だけではだめでした。道をちゃんと教えてもらってから歩き始めなくてはならないというのが今回の反省です。花巻から新花巻まではかなり距離があるので、次回はレンタカーを使うかバスの路線をしっかりと調べて回る必要がありそうです。

 最後に。私は、賢治と呼び捨てにして書いていますが、岩手県人は「賢治さん」とちゃんとさん付けで呼ぶのが普通だそうです。尊敬の念が込められているのだと思います。

 (続く)