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東海道線に乗って遠足2

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 菜の花スタンプラリーのパンフレットをたよりに、「川匂(かわわ)神社 へ行ってみました。

 雑木林や畑が混在する里山の風景を見ながらの散策です。

 この神社は、この町 二宮の名前と関係がありそうです。

 千年くらい前に遡ると、この辺りは師長(しなが)の国といわれたようで、その一の宮だったそうです。  

 その後、相模の国ができた時に、一の宮の地位を 「寒川神社」 に譲り、二の宮といわれるようになったのだそうです。

 源頼朝など鎌倉武士団や小田原北条一族の崇敬が厚く、保護されてきた歴史が伝えられています。

 5月5日には、川匂神社を含め五社の神輿が隣の大磯町の神揃山(かみそろいやま)へ集まる「国府祭(こうのまち)」が有名で、相模の国の一の宮を争う故事を今に伝えているそうです。

 (観光協会のパンフレットより)

 

 神様の世界でも一番を競うというのはやはり、氏子の数と与えられる所領の関係なのかなと、勝手に解釈していますが、神様は、もっとドーンと構えていてもらいたいと思う私には、なんとも理解に苦しむ話です。

 寒川神社は、初詣にも、これから始まる節分祭にも 大勢の人が集まる大きくて有名な神社ですが、この二宮川匂神社は、ひっそりとしていて 神様もそこにいらっしゃるという風情の神社です。

 今の世も 一の宮と二の宮を引きずっているのやも知れません。

 傾いた太陽の光が本殿の左右の絵馬を照らしていました。

 それはそれとして、お神輿が5つも集まるところは、一度見てみたいものです。

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 もう一つ行ったのは、「ふたみ記念館」

 美術館だということは分かっていましたが、

 「二見利節(ふたみとしとき)」

初めて知る名前の画家のものでした。

 二見利節は、二宮で育ち、15歳で紙問屋へ丁稚奉公。あとから油絵を小田原在住の師に教えてもらうまでは、ほぼ独学で絵を描いてきたそうです。

 20代の時に、文展(現在の日展)に連続で特選を取り、華々しくデビューした画家だったにもかかわらず、埋もれてしまったのは、なぜなのかと 思いました。

 やはり戦争が関係していました。

  昭和16年に召集され、沖縄で終戦を迎え 復員してきたものの 耳を負傷、心も病んでしまい、世の中と没交渉になったそうです。

 生涯で4000点ものたくさんの作品を描きながら、アトリエの火災でその多くを失くしたとのことです。

 昭和40年代になって、日動画廊からの援助で個展を毎年開き、ヨーロッパにも出かけるようになり、ようやく人並みの生活が可能になったのもつかの間、昭和51年、病気で65歳の人生を終えたそうです。

 こんなにいい絵を描く人が、戦争がなければもっと自由に絵を描き、「在るを在らす」という独自の「存在(ぞんざい)論」を 展開することができただろうに。

 本名は 「二見利次」ですが、結核で亡くなった恋人 「節子(ときこ)」さんを忘れられず、「利節としとき)」 という画号にしたというエピソードも残っています。

 自分だけがこの空間を独り占めできたのはすごく贅沢なことでしたが、

館の方は、もっとこの郷土の画家のことを知ってもらいたいようで、

 「皆さんに紹介してください。」 と 割引券を渡されました。

 私もぜひ見てもらいたいと思いました。

 今、この画家の絵が45点ほど展示されています。

 玄関脇のベンチで、お茶とみかんをご馳走になりました。

 スタンプラリー期間中は、500円の入館料が300円になり、こんなサービスまでつくなんて、びっくりでした。

 原則、月曜日がお休み(2月9日までは、月曜日も入れるようです。昨日も月曜でしたから。)

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 国道一号線に出、海を見て 二宮駅に戻ってきたのは、5時少し前。

 駅の近くの商店街で、名物の落花生と、みかんをお土産にしました。

 この神奈川県産のみかん、小さいけれども、一皿15個も入って100円。

 うそみたいです。

 買い物になるとすぐに主婦感覚になってしまうのがおかしくて笑ってしまいます。

 旅をすると、新しい発見がありますが、今回もとびきり素敵な出会いがありました。

 (菜の花スタンプラリーは、2月9日までだそうです。)