新花巻駅を後にしてくりこま高原まで1時間かからないで到着。10月末はマガン観察には少し早いかと思っていましたが、その時点ですでに8万羽飛来しているという情報がありました。この日はねぐら入りするマガンを見る予定だったので、日が暮れないうちに着く必要があったのです。午後4時半ごろ伊豆沼の宿に着きました。太陽が西に傾き夕焼けが始まっています。
西の方向から帰ってきた群れです。ほんのり夕日色になった空を鍵になり、竿になり、形もそれぞれ、グループの数もそれぞれ。
これでざっと50羽。黒いシルエットのマガンです。悲しいかなコンパクトカメラではこれが限界。
次々に着水。マガンは、沼の近くに来るとスピードを緩め左右に体を揺らして落ちてゆくような行動をとります。このようすを「落雁」(らくがん)といいます。米粉で作る干菓子も「落雁」。どうして干菓子に同じ名前が付くのかは未だよくわかりません。宿の人は、ガンが舞い降りる方の「落雁」のことは、「落ち雁」(おちがん)と言っているので、区別して使っているのだと思います。音楽が聞こえると体が動く性分で、落ち雁の様子を見ているとガンと一緒に自分も体を左右に揺すってまねをしたくなります。
ほとんどのガンがねぐら入りしたようです。太陽が西の山に沈みすっかり暮れてきました。この時点で午後4時57分です。ガンは、「カカーン」とか「カハーン」とか鳴きながら飛ぶので、ねぐらに入るととたんに静かになりますが、夜も沼から声が聞こえているのでガンは、おしゃべりな鳥だと思います。
翌朝です。この日は天気が良くない予報でしたので、敢えて早起きしないで近くで観察していました。案の定マガンにも夜明けがいつなのかよくわからなかったようで、飛びたちが一斉になりません。たくさんで飛び立ったのが3回ほどありましたが、どれも迫力に欠けました。「もう出かける?」「いやもう少し待とう」「もうお腹が空いたよう」「じゃあ、行くか!」などと声が聞こえてくるようです。リーダーの一声で飛び立っていくのもあり、なかなか行動を起こさない群れもありで、曇りの日もいろいろ想像できて面白いと思いました。太陽の光は鳥たちにとっても大きな影響があるのだと思いました。
ハクチョウが5羽飛び立ちました。飛び立つときは足を速く動かし浮力を得るのは大変です。飛行機と同じですけれどハクチョウは自力ですから。伊豆沼ではこの時ハクチョウは5羽しか見かけませんでした。季節がまだ早いのかもしれません。
目の前をカンムリカイツブリがやってきました。もちろん冬毛でした。3年前の冬うちの近くの大岡川にもこの鳥が一羽やってきたので覚えたのですが、夏になると首のあたりに金茶色の毛も生えて、黒いカンムリを立ててライオンのたてがみのようになるそうです。冬と夏ではかなり色も形も変わるので、面白い鳥だなと思っています。カイツブリの仲間なので、ちゃんと潜って魚を採って食べます。
朝の飛び立ちを見た後、宿に荷物を預け隣の内沼へ行ってみました。前回前々回11月に来た時は、内沼にはハクチョウがたくさん来ていたのですが、今回は出払っていたのかまだ来ていないのか、姿がみえません。代わりにいたのは、オナガガモです。
カモたちは、食べている時と眠っている時以外は常に羽繕いをしているのだそうです。胸の脇の所に皮脂腺があってそこから油をとって体中に塗っておかないといざという時に逃げたり飛び立ったりできないからだそうです。彼らにとって羽繕いは、生死を分ける重要な仕事なのです。のんびり羽繕いをしてという表現がありますが、決してのんびりしているわけではないということがやっとわかりました。
内沼の前に築館昆虫館というのがあるので、靴擦れは相変わらずでしたし、中へ入って一休み。
外へ出てくると裏の田んぼにマガンがいたのでびっくり。あちらも人間が来てびっくり。
羽繕いしているのは、まだ人間に気付いていないと見えますが、私を見つけたマガンたちは、首を立てて警戒しています。お食事中のようでしたから、そそくさと退散しました。
バスは当分来ないようですし、仕方がないので歩きはじめましたが、食事ができる東北線の新田駅付近にはあと1時間くらい歩かないと着きそうもありません。水路のほとりの道を歩いていると、釣りをしている男性に会いました。近道でもないかと聞いたところやはりバス道に出るしか先へ進めないことがわかってがっかりしていると、その男性が、「ここではブラックバスが釣れそうもないし長沼の方へ移動しようと思っていたところだから、車に乗っていいですよ。」と親切なお申し出。ありがたく頂戴し、レストランのあるところまで乗せてもらいました。
前にも行ったことがある「くんぺる」というレストラン近くで下ろしてもらいようやくお昼にありつきました。
今回は、「ハットカレー」です。前回も書きましたが、江戸時代の農民が米は年貢で納めなければならなかったので、自分たちが食べる麦を育ててこのハットというものを食べていたそうです。伊達藩では、農民が熱心に麦を育てているのを見て「麦を育てるのはご法度」とやめさせようとしたらしい。そこでこの地域では、小麦で作ったひっつみのようなものを今も「ハット」と呼んで日常的に食しているようです。肉と野菜が入ったカレーうどんというところですが、蕎麦屋さんで食べるカレーうどんよりさらっとしたスープです。体も温まってお腹もいっぱいになったので帰ることにしました。この近辺にたった一台と思しきタクシーを頼んで、宿に寄ってもらい荷物を取ってくりこま高原へ送ってもらいました。
「伊豆沼ウエットランド交流館」の宿の方とは、2016年に初めてここへ来た時にすごく親切にしていただいたので、毎年続けてここへ来ています。毎年来ていると遠い親戚のような気持ちになります。
これで秋の旅行は終わりです。新年まで長々と引っ張ってしまいすみませんでした。
今年もどうぞよろしくお願いします。