ドゥイカル村より最後の朝
ドゥイカル村から次第に明るくなっていくフンザの谷にイーグルネストホテルのベランダから別れを告げた。
(朝の日の出のようすは、体調不良で、東側のチョコタン、ギルギンディール、ゴールデンピークを一望できる丘へは行けなくて残念。 )
この日は、ドゥイカル村からカリマバードを経由し、宿泊地のギルギットまでバスで移動。
途中、チコスというところで休憩。
ここで、ガーネット(赤い色をした石)拾いをした。いろんな石があるようだが、ガーネットはその辺にあるありふれた石のようで、ガイドさんに
「ヤギの糞と間違えないように」
と 笑いながらのご注意を受けて、道端に落ちているこげ茶色に見える石ころを拾った。
調子が悪いにもかかわらず、私も拾うから現金なものだ。
そこでは、写真をとっていなかったので、うちへ持ち帰ってから撮った写真。太陽にかざすとピンク色に輝く。(この石を研磨して、製品にするのが大変。)
観光客が来ると、どこからかちゃんと大きめの石を拾っておいて、片手に収まるくらいのガーネットの原石を3ドルといいながら売りにくる若者が現れる。
みんながバスに乗って帰ろうとすると3ドルのガーネットは、一気に1ドルとなるから面白い。
ガーネット(1月の誕生石になっている)
往きには雲の中で見えなかったラカポシビューポイントで昼食。その日は、しっかりと白い雪の山、ラカポシを目に焼き付けることができた。
雪の山ラカポシ
昼食後、想像を絶する場所を通った。
ユーラシアプレートとインドプレートが衝突した場所だという。(往きにも通ったルートなのだろうが、多分みんな疲れて眠っていたのだろう。)
右手の下の方に崩れたような白っぽいところが見える。
大写しにするとこんな感じ。
実際に下りていって手で触ってみると、岩が簡単にぼろぼろと砂のように崩れてしまう。灰のようでもある。
プレート同士がぶつかるという壮大過ぎて想像ができない出来事がここであったのだ。とにかく岩がぼろぼろになってしまうようなエネルギーが衝撃によって生じるということなのだろう。
ギルギットは、北部パキスタンでは、軍の基地もあり、大学もある大きな街だ。今年の2月にも宗教対立に因るテロがあり、去年春のツアーは、街の中で起こった騒動で交通封鎖。ホテルに缶詰状態になり、仕方なく軍のヘリでイスラマバードまで運んでもらった前例がある。
この日は、早々ホテルにチェックインしたが、街へ出るのはやめてほしいと言われていた。その代わり、泊まったホテルはセレナグループのホテルでパキスタンでは一流のホテルらしく絨毯調度品などもすばらしく、広い庭を散歩することもできた。
翌日、ギルギットから飛行機が飛べばイスラマバードまで一時間、飛行機がキャンセルであればまた12時間のバス移動が待っている。
だが、その日の朝の天気は晴れ。飛んでもいいと思うのだが、途中の飛行は山岳地域を縫うように飛ぶ航路なので、朝になってもなかなか分からない。
イスラマバードを飛び立つ飛行機がギルギットへ向かって飛ばない限り、ギルギットからの飛行機の機材はないのだ。朝食時はまだまだ分からず、10時半に空港へ移動してとりあえず朗報を待つ。
11時ようやく飛び立ったという情報が入りほっと安堵したのは、私たちばかりでなく、体調不良を心配する添乗員さんも祈るような気持ちでいた。
ギルギットからイスラマバードへ
プロペラ機に久しぶりに乗った。晴れているところもあったので、ナンガパルバット8126mが左側の窓の横から間近に見えることを期待したが、飛行機は、途中から雲の中へ入り最後の眺望の機会を得ることもかなわなかった。多少揺れもあったが、無事イスラマバードへ到着。
(次に続く)