ハンゲショウといえば、この植物しか知らなかったが、もう一つ半夏生と言われる草があることを知った。
道端に生えている。五月に通った時には、苞の中の花は、黒い色をしていたはずだが
もうすっかり黒い色は見つからなかった。
このカラスビシャクの根っこが漢方の「半夏生」という薬になるというので、
ハンゲといえば、昔はこちらのカラスビシャクの方が通りがよかったのかもしれない。
地方によっては、畑や田んぼの畔などに生えるこの草の根っこを集めて漢方薬として
売りに行ったというので、「ヘソクリ」などというあだ名も付いたていたのだという。
そんな半夏生も過ぎ、七夕も過ぎ、ブログも書かなくてはと思いながら、
今日になってしまった。
私事ですが、母が6月に他界しました。
2月に誤嚥性肺炎で緊急入院をして、4月には次の病院へ転院。6月に入り
医療行為も可能な介護施設を探して申し込みをした翌日、誤嚥をして翌日急に容態が
変化して、とうとう帰らぬ人となった。
今までも肺炎など入退院を繰り返してもびっくりするほどよくなるので、今回もと淡
い希望を持っていたが、今回はそういうわけにはいかなかった。
敗戦の時は、母は一人38度線を越えて最後の引き上げ船で日本に命からがら帰ってき
た人だ。
大正生まれなので、女が仕事を持てなかったことがとても悔しかったようで、私たち
には女も自分の力で生活できないとだめだとずっと言い続けてきた。
父が早くに亡くなったので、後半は自分のやりたいことを結構やってきたが、最後に
認知症という病に捕まってしまった。
認知症の末期は、口に入れた食べ物を上手に咀嚼し、誤嚥しないように食べるという
行為もできなくなってしまうのだが、それでも幼児に戻ったような笑みを浮かべること
があり、私たちもその笑顔に救われた。
新型コロナの最中だったのに感染しないで見送ることができただけでも幸運だったと
言えるのかもしれない。