「花のあとさき」ムツばあさんの歩いた道

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 この映画の舞台は、埼玉県秩父市吉田太田部楢尾。

 今でこそ麓にダム湖ができたため車が通れる道がこの山間の集落まで通っているが、

その昔は、山道を歩いて行くしか方法がなかったような山奥である。

 

 NHKが取材を始めたのが平成13年。

 戸数5戸・住人9人・平均年齢73歳の集落だった。

 (一番住民が多かった時は、100人を超す住人がいたそうである。)

 その時から18年間にわたり、撮りためた映像を映画として編集した作品だ。

 

 この集落に住む小林ムツさんは、夫の公一さんと一緒に丹精込めた段々畑に花や花木

を植え、畑を一つ一つ閉じてきた。

 植えた花木の数は、一万本以上。

 一番春早く咲くのは、フクジュソウ、それからレンギョウ、そしてツバキ、サクラ、

ハナモモ・・・・ちょうど今頃は青いアジサイ、秋になるとモミジが赤く紅葉する。

 一つ一つ名前を上げるムツさんの顔が童女のようにほころんで見える。

 

 この山間部では、炭焼きと養蚕が主な仕事だった。

 ムツさんも寝る間も惜しんで働いたという。

 この山間の集落で働くということは並大抵のことではなかっただろうと想像できる。

 

 子どもの世代は、もうみんな山を下りてしまっているので、

自分たちが働けなくなったら、もうここに住む人はいなくなる。

 

 ムツさんは、「今までお世話になってきた畑が荒れていくのは申し訳ない。せめて花

を咲かせて畑を山に還したい。」

 と、その世話を続けてきた。

 「花はかわいいよ~。」

 「花が咲くと何もかも忘れてしまうがね。」

 だれも住まなくなっても、ここにやってくる人がこの花たちを見てくれれば

嬉しいと語っていた。

 

 畑を山に還すという言葉を聞いた時に、その謙虚な言葉に深く心を揺さぶられた。

 

 少し前に観た「グリーン・ライ~エコの嘘~」の映画の冒頭で見せられた場面はインドネシア熱帯雨林を焼き尽くしたばかりの土地、そこここにまだ煙が立っているのだ。

 住んでいた原住民を追い出し焼き払った土地に環境に優しいというパームヤシを植えるためだ。

 エコとうたわれた食品の多くに使われているパーム油は、こうして森林を焼き尽くして生産されるものなのだ。焼き尽くされた森林は、もう戻ってはこない。

 人間の強欲を見せつけられたばかりだったので、この謙虚な言葉はとても心に染みる。

 

 平成31年にはすべての住人はこの集落からいなくなってしまったが、

その春もサクラ、ハナモモ・・・、集落をピンクに染め上げ、桃源郷のようだ。

 ムツさんが思い描いていたように、ふもとの方から車で花を見にやってくる人の姿が

あった。

 

 この集落の人たちは、自分たちが持っている山林を世話をしていたが、

放置されている杉の木もたくさんある。

 木の世話がされていないと大雨で木が倒れ、災害を引き起こすと心配されていた。

 国の政策で植えさせておきながら、関税をかけないで安い外材を輸入するようにな

り、日本の木は売れずに放置されている。

 こういうことに目を向けないでいいのだろうか。

 毎年のように繰り返される大雨による水害、災害が繰り返されるたびに故郷を捨てる

人が出てくるのではないかととても心配になる。

 

 声高に何かを叫ぶ映画ではないが、日本の山間部の集落の置かれた姿を赤裸々に写し

ている映画だと思う。

 

 横浜では、ジャク&ベティで17日まで公開されている。